熱中症特別警戒アラートとは何か
2024年4月施行の改正「熱中症対策推進法」によって創設された「熱中症特別警戒アラート」は、従来の熱中症警戒アラートの上位版として位置づけられる。発令条件は「都道府県内の全ての観測地点における翌日の日最高暑さ指数(WBGT)が35以上になると予測される場合」。WBGTは気温・湿度・日射量を組み合わせた熱ストレスの指標で、35は「運動は原則中止」に相当するレベルだ。
今まで一度も発令されていない
制度が始まった2024年から現時点(2026年7月25日)まで、発令回数はゼロだ。一方、一段下の熱中症警戒アラートは2025年度だけで1,749回発令され、過去最多を更新した。「警戒」は日常的に鳴り続けているのに、「特別警戒」は存在すら知られないまま2夏が過ぎた。
なぜ発令されないのか——データで見る都道府県内のばらつき
発令条件の「全地点でWBGT35以上」がいかに非現実的かを、実測値で確かめてみる。日本の歴代最高気温が記録された3つの事例——それぞれの県で最も暑かった日——の県内全観測地点の日最高WBGTを環境省の公開データから集計した。
愛知県 2024年8月16日(県内WBGT年間ピーク日)
最高は豊田の34.2、最低は稲武の30.5でレンジは3.7。11地点すべてが35未満だった。
埼玉県 2018年7月23日(熊谷41.1℃・日本最高気温タイ記録日)
最高は越谷の34.7、最低は秩父の31.7。8地点すべてが35未満だった。なお41.1℃を記録した熊谷のWBGTは32.0にとどまり、越谷(34.7)やさいたま(33.7)より低い。熊谷の高温はフェーン現象による低湿度型のため、湿度を重く見るWBGTは相対的に上がりにくい。
静岡県 2020年8月17日(浜松41.1℃・日本最高気温タイ記録日)
最高は川根本町の34.8、最低は井川の30.3でレンジは4.5。17地点すべてが35未満だった。なお41.1℃を記録した浜松のWBGTは32.7で、内陸の川根本町や天竜より低い。
3事例のまとめ
| 県 | 日付 | 最高WBGT | 最低WBGT | レンジ | 35到達地点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 愛知 | 2024/8/16 | 34.2 | 30.5 | 3.7 | 0/11 |
| 埼玉 | 2018/7/23 | 34.7 | 31.7 | 3.0 | 0/8 |
| 静岡 | 2020/8/17 | 34.8 | 30.3 | 4.5 | 0/17 |
日本の歴代最高気温が記録された日でさえ、「全地点WBGT35」には届かなかった。
これは実測値であるため、アラートは予測値が用いられるため、若干のブレがあることは確かである。ただし、県によっては10以上の観測点が設定されており、全ての地点で35を超える予想というのは明らかに困難である。過去の事例を見ると3~5のレンジがあるため、全ての観測地点が35を超えるとき、最高の地点ではWBGT40に届く可能性さえある。
後から気づいて修正したが、愛知は対象外
あまりにも発令されないため、2026年度から13県24地点を発令判断の対象から除外した。軽井沢・奥日光・草津・井川・高野山といった、明らかに涼しい高標高・高原地点が外された形だ。
しかし愛知県は除外ゼロ。日本屈指の酷暑都市・豊田市と同一市内にある山間部の稲武は今も発令判断に使われ続けており、両地点のWBGT差は最大3.7に及ぶ。24地点の除外は問題の本質——都道府県という粗い単位に「全地点」という条件を課す設計——には手をつけていない。
他の「特別警報」と比べてみる
気象庁が発令する暴風警報や大雨特別警報は市町村単位で発表される。台風で隣の市が特別警報でも、自分の市はそうでないことがある。それが現実に即した危機情報のあり方だ。(当初の特別警報は都道府県単位だったが現在は市町村単位)
ところが熱中症特別警戒アラートは都道府県を一括りにし、しかも「全地点」が基準を満たすことを要求する。気象の特別警報より遥かに粗い粒度で、より厳しい条件を課している。
観測地点の値は「屋外の安全な芝生上」のもの
もう一つ見落とされがちな問題がある。アラートの判断に使われるWBGTは、気象観測地点(芝生上の標準環境)で計測された値だ。ところが環境省の熱中症予防情報サイト自体が、体育館・住宅地・駐車場・バス停などの「生活環境別WBGT(参考値)」を別途公開しており、これらが観測点より高くなることを示している。体育館では午後5〜6時頃に観測点との差が最大になり、住宅地や駐車場も日中は観測点より高い水準が続く。
つまり観測点のWBGTが35未満でアラートが発令されていなくても、実際のイベント会場(屋内体育館・住宅街の公園・アスファルト上)では既にWBGT35以上の危険状態になっている可能性がある。環境省自身がそれを認めて参考値として公開しているにもかかわらず、アラートの発令基準は「比較的安全な環境」の観測値を使い続けている。
「発令されたら中止」という基準の問題
「熱中症特別警戒アラートが発令されたらイベントを中止する」という基準を設ける主催者が増えている。しかしいままで一度も発令されなかった事実が示す通り、この基準は実質的に「永遠に中止しない」と宣言しているに等しい。さらに前述の通り、アラートが出ていない日でも現場の体育館や広場は既に危険水準に達している可能性がある。
アラートは安全管理の代替にならない。現場のWBGT実測・時間帯の変更・給水体制の確保——それらを積み上げることが本来の熱中症対策だ。発令ゼロの警報に責任を委ねることは、対策をしているように見せるポーズに過ぎない。
熱中症特別警戒アラートが出なくても、その水準に達している箇所はいくらでもあるし、ひょっとしたら熱中症警戒アラートすら出ていなくても、危険な水準の場所はあるのだから。
(といってもWGBT31を中止基準にすると、梅雨明けから10月ぐらいまで何もできなくなる。特別警戒アラートだけでなくて、「熱中症警戒アラート」都道府県単位のどこかの地点だけなので、あまり意味のある指標ではない。)
参考:正しい中止の例と好ましくない基準の例
正しい例
- 令和8年度 愛知県高等学校名古屋南北学年別陸上大会:酷暑のため中止

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