例の件とかを含めて。
日本における学生スポーツは、教育という側面のほうが強すぎて、
本来のスポーツのルールがないがしろにされてしまっているのではないだろうか。
スポーツというものは、ルールがあって成り立つもの。
そのルールを逸脱する行為というものは、禁止されているし、
危害を加える行為、人格否定行為等々は、決して許されるものではなく、
これは学生スポーツにおいても同様のものであるべきなのである。
例えば、公認野球規則においても、ペナルティによって試合から除く規定は存在するし、
サッカー競技規則でいれば、退場や、ユースにおけるシンビン規定はあるし、
バスケットボール競技規則で言えば、テクニカルファウル規定内の暴力行為やディスクォリファイングファウル規定はある。
ラグビーにもシンビン、退場規定はあるし、ハンドボールには、失格規定はあるし、
接触スポーツではないソフトテニスにだって失格規定は存在するし、バレーボールにも失格規定は存在するのである。
もちろん学生がそこまで甚だしく競技規則を逸脱することはないのかもしれないが、
明らかにルールから逸脱している場合は、どんな競技においても
その選手を試合から除くことはルール上認められているのである。
しかし、実際はどうなのであろうか。
例えばサッカーは、比較的日本においてもレッドカード自体の知名度からも知れ渡っているであろう。というか、接触スポーツにおいてカードが出るものは、
日本においてサッカーのおかげが理解されやすいようにも思う。
バスケットボールでは、テクニカルとアンスポーツマンライクファウル計2回か、ディスクォリファイングファウル1回で失格・退場となるが、1発退場などほぼないものだし、Bリーグにおいても数回程度のものでしかない。
もちろん、競技の性質によって違うのはわかるが、果たしてそこに特別な配慮をして
退場にするべき選手をその場にとどめさせることは、正しいのだろうか。
教育的な配慮というものは、規則を逸脱した行為をした選手をプレーし続けさせることを容認するべきものなのであろうか。
例の件では、主審が怒鳴ったという記事も出た。
もちろんアメフトにおいて、QBへのレイトヒットであそこまで明らかなものはまず起こりえるものではないからであろう。
しかし、怒鳴るくらいおかしいプレーなのに、本人が非を認めていそうだからと言って、
プレーを続けさせるのは競技として成り立つのか、ということである。
日本には部活という文化があり、教育の一環と位置付けられる学生スポーツであるが、
果たして教育の一環は、競技規則のルールをも超えるものであろうか。
競技規則の上のもとで競技が行われ、かつその上で教育的側面を持たすのが本来あるべき姿なのではないか。
スポーツは競技規則をいう規則を設けることによって、
日常の中で、非日常を作り出しているものである。
その規則を破ってしまった以上は、その裁きは受けるということを知る、
というのも教育といえるのではないか。
教育的な配慮というのであれば、競技規則よりも厳しく道徳的側面を取り締まるようにする方が、本来のあるべき姿だと思う。
バスケの審判をする底辺の人間としてはそう思う。
もちろん自分もまぁいいかと済ませがちではあるが、
明らかに逸脱しているのであれば、試合から取り除き、
暴言等スポーツマンシップに反する行為は断じて許さない風潮をどのカテゴリにおいても教えることも、スポ―ツにおける教育の一面ではないだろうか。
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